クロフト「事象構造と言語構造」

  • トマセロ(編)大堀ほか(訳)『認知・機能言語学』研究社、2011年 (論文集)
  • 3章 ウィリアム・クロフト「事象構造と言語構造」pp.113-145
  • William Croft, The structure of events and the structure of language, 1998

訳者・編者による前置き

  • 事象の時間的構造を分析し、因果連鎖と組み合わせて、時制やアスペクトの構文に拠る概念化と動詞による事象フレームの相互作用について議論を行った論文
  • Radical construction grammar: Syntactic theory in typological perspective(2001) でクロフトは、構文こそが統語の基本的な単位であり、あらゆる文法的なカテゴリーは特定の構文において定義されると論じた。さらに構文は言語に対して個別的であるという事実から、構文は通言語的に普遍ではなく、普遍的な統語構造は存在しないと主張した。言語の普遍性は、統語構造ではなく言語の機能と形式との間の写像関係としての記号的な構造に認められる、というのがクロフトの考えである。

1. はじめに

  • 人間の言語において最も基本的な統語構造は節と句だと言える。これらはそれぞれ「事象(event)」と「物体(object)」の伝達にかかわっている。ここでの事象は変化をともなう「行為(action)」と変化をともなわない「状態(state)」の両方を含む。
  • 物体は次の3つの特徴を持つ:
    • 物理的な環境において空間的に独立している
    • 物理的に操作することが可能である
    • 時間のなかで安定的に存続する
  • ただし、物体の識別やカテゴリー化については、Rosch(1978)やFillmore(1982,1985)によるプロトタイプやカテゴリーの議論からもわかるとおり、説明は容易ではない。
  • 一方で事象の説明については、次のような困難が挙げられる:
    • たいてい一過的である
    • 物理的に操作することができない
    • 物理的であったとしても環境から因果的にも時間的にも独立していない
    • 経験の断片を切り出して事象としてみなすのに複雑な認知プロセスが働いている

2. アスペクト: 事象の時間的構造

時間的構造にもとづく事象の分類
  • 節においては事象的な時間性が問題になる(それが一過性のものなのか、永続的なものなのかなどが表現される)のに対し、句においては時間性が問題にならない(句だけでは時間性は表現されない)。
  • テンス(tense, 時制) という文法カテゴリーは事象に発話時点と関連した時間的位置づけを与える。
    • 現在、過去、未来
    • 現在時制は過去の事態に対しても歴史的現在として使用して臨場感を語りに与える
    • 歴史的現在は予定された未来の事象の描写にも使用される
  • アスペクト(aspect) は事象の内部に時間的構造を与える文法区別である。たとえば行為(あるいは過程(process))と状態という区別は、事象の時間的輪郭の相違を表現している。
    • 過程は時間のなかである種の変化をともなう
    • 状態は変化をともなわない
  • アスペクトは単純現在形と現在進行形の選択に顕著に表れる:
    • ある状態が発話時に真であることを伝えるには、話者は単純現在形を使う
      • (o) She is tall.
      • (x) She is being tall.
      • 現在進行形はその時点だけの状態を示すときに使われる
    • ある過程が発話時に真であることを伝えるには、話者は現在進行形を使う
      • (o) Tess is playing the flute.
      • (x) Tess plays the flute.
      • 単純現在形は習慣や一般的な能力を示すときに使われる
  • 過程の中には、単純現在形も現在進行形も使用できない下位クラスがある
    • (x) He is shattering the windowpane.
    • (x) He shatters the windowpane.
    • (o) He just shattered the windowpane.(過去時制と近過去を表すjustを併用した表現)
    • この下位クラスを、「実現(achievement)」と呼ぶ(ことにする)
    • この事象の特徴は、それがあたかも時間的に幅を持たず瞬間的に生じるように認識されることである
  • 以上より、時間的輪郭にもとづく事象の分類は次のように可能である:
    • 変化をともなわず、時間的な広がりをもつ「状態」(単純現在形)
    • 変化をともない、時間的な広がりをもつ「過程」(現在進行形)
    • 変化をともない、時間的な広がりをもたない「実現」(近過去)
    • 変化をともなわず、時間的な広がりをもたない「点の状態」(単純現在形)
  • 「点の状態」は論理的可能性として挙げられるものである。例は
    • (o) It's eight o'clock.
    • (o) The train is on time.
時間構造の概念化
  • 状態を現在進行形で表すのは、
    • 状態の変化を段階的に示す場合
      • (x) Sylvia is resembling her mother.
      • (o) Sylvia is resembling her mother more and more every year.
    • 人物の属性ではなく一時的な行為の特徴を示す場合
      • (o) She is nice to him. (普段親切である)
      • (o) She is being nice to him. (そのときだけ親切にしている)
  • 時間的粒度の観点から考えると、
    • 現在進行形を用いるとき、粒度の高い見方をしている
    • 単純現在形を用いるとき、粒度の低い味方をしている
    • したがって単純に言えば、アスペクトは話者が時間的粒度をどのように概念化しているかを表現している
  • 不活性行為(inactive action) と呼ばれるクラスにおいても同様の現象が見られる:
    • (o) Bill is standing in the doorway.
    • (o) The Pennines lie to the east of Manchester.
    • (x) Bill stands in the doorway.
    • (x) The Pennines are lying to the east of Manchester.
  • ここで、単純現在形は「構造的解釈」、現在進行形は「現象的解釈」を与えている
    • 構造的解釈とは、話者がその事象を恒久的・本質的と捉えていることを示す
    • 現象的解釈とは、話者がその事象を一時的・一過的と捉えていることを示す
    • 時間的粒度で言えば、前者は粒度が低く、後者は粒度が高いことになる
  • この解釈を「状態」と「過程(行為)」に適用して考えれば、次のように言える:
    • 状態は恒久的・本質的であるがゆえに構造的であり、単純現在形で表現される
      • 逆にその状態が一時的なものなら、現在進行形を用いる
    • 過程は一時的・一過的であるがゆえに現象的であり、現在進行形で表現される
      • 逆にその行為が恒久的なもの(たとえば習慣や不活性行為)なら、単純現在形を用いる
  • 「実現」については、単純現在形も現在進行形も普通用いられないが、次のような例がある:
    • 現在進行形で「前段階実現(run-up achievement)」を表現する(例の後者)
      • (o) She just died. (たった今死んだ)
      • (o) Help! She is dying! (死にそう)
    • 現在進行形で「循環的実現(cyclic achievement)」を表現する(例の後者)
      • (o) The light just flashed. (たった今点滅した)
      • (o) The light is flashing. (点滅を繰り返している)
  • ここまでで観察されたことをまとめると、
    • 構文自体が同士によって示される事象の時間的な概念化を示している
    • アスペクトの意味論においては、特定の意味クラスの動詞が異なるアスペクトで用いられた時にどのような意味解釈を受けるかが重要になる
    • 意味解釈においては、それを理解するために文脈的な情報を必要とする場合がある
      • 状態と単純現在形、過程と現在進行形、などの一般的な例を外れる文を解釈する場合
「限界性(telicity)」と「始動的状態(inceptive states)」
  • 本来的・必然的な終結点の備わった限界的な事象は「達成(accomplishment)」と呼ばれる。これに対して、「活動(activity)」と呼ばれる事象は終結点を持たず非限界的である:
    • (達成) I wrote the letter (in an hour).
    • (活動) I slept (for three hours).
    • (活動) I wrote letters (for three hours).
    • inが導く副詞句を「範囲副詞句(container adverbial)」と呼ぶ
    • forが導く副詞句を「持続副詞句(durative adverbial)」と呼ぶ
  • 知覚動詞と認識動詞におけるアスペクト構文では、過去形とsuddenlyを用いて知覚・認識状態の始動を表現できる。これを「始動的状態」と呼ぶ
    • (o) I went around the bend and suddenly saw the mountain lion.
    • (o) I suddenly understood what was happening.
    • 一方で単純現在形を用いる場合には、知覚・認識状態そのものを表現している
2節のまとめ
  • 動詞事象の意味表示は複雑であり、動詞が意味する事象に至るまでの事象(前段階の過程や先行状態)やその後の事象(結果状態や循環実現の後の回帰)も大きく寄与している
    • 文によって実際に表されている事象の部分は「プロファイル(profile, Langacker 1987)」、事象の背景となる部分は「ベース(base, Langacker 1987)」もしくは「フレーム(frame, Fillmore 1982, 1985)」と呼ばれている
  • 単純現在形や進行形の構文と同様に、ある種の副詞や副詞句(in an hour, for three hours, suddenly, etc.)もまた特定の時間の間隔を表現している
    • 範囲副詞句は事象のフレームにおける本来的な変化点(限界的な事象の場合は終結点、非限界的な事象の場合は開始点)に至るまでの過程をプロファイルする
    • 持続副詞句は事象のフレームにおける最初の変化点以降に継続する事象をプロファイルする
    • suddenlyに代表荒れるような瞬時的副詞は、瞬間的な変化をプロファイルする
    • almostやbe about to, tryなどは、事象フレームのなかの変化点に至る過程をプロファイルする
  • アスペクト構文は事象の時間的構造を概念化する方法を提供している
  • 概念化の過程では、次のようなことが行われている
    • 事象についての現実世界一般の知識を喚起すること
      • [それを状態と捉えるか過程と捉えるかどうかなどの意味クラスの選択]
    • 事象フレーム内で重要な部分に選択的な注意を与えること
      • [事象のどの部分に文表現を与え伝えるかの判断]
    • 文脈の特定の側面を選び活用すること
      • [文脈に依存する特徴的な表現を与えるかどうかの判断]
    • 時間的な次元と時間内の変化にかかわる次元についてスケールの調整を行うこと
      • [文表現を行うための具体的な時制とアスペクトの選択]

3. 文法関係と態: 事象の因果構造 (ここまで2015-12-06)